★人の「器」の大きさは何によって作られる?
よく、「あの人は器が大きい」とか
「社長の器が会社の大きさを決める」とか
人の「器」について話されることがあるじゃないですか。
私、コーチという職業柄、
「器ってなんだろう?」
と、気になって仕方なかったんです。
辞書通りの意味で言えば、器とは入れ物のことですが、
人の器は別に何かを入れるわけじゃありませんからね。
じゃあ、器って何だろう? と。
これは私の仮説なのですが、人の器って、
【許容できる価値観の幅】
なのではないかと思うのです。
たとえば、目玉焼き。
目玉焼きに何をかけて食べるか、という話になったとき、
ある人は醤油をかけるし、ある人はソース、ある人は塩こしょう。
けっこう多様なこだわりがあるじゃないですか。
ここで、自分が醤油派だったときに、
ソース派を許せない人って、ちょっと器が小さいですよね。
「目玉焼きには醤油だろうが!」って(笑)
少し器を大きくすると、
「自分は醤油派だけど、ソースもおいしいよね」
「塩をかけてもおいしそうだな、今度やってみるね」
と言える人になるかもしれません。
こうやって、自分の「正しいと思うこと」以外の意見や考え方を
肯定することができる人って、器が大きいなと思うのです。
これが目玉焼きくらいなら大したことじゃありませんが、
自分にとって重要なことについての考え方や
自分が大切にしている価値観においても
自分と異なる意見や自分が否定したくなる意見に対しても
「それも一理あるかもしれない」と受け止められる人は
きっと器が大きい人です。
私は「目標達成のためなら他者を蹴落としてもいい」とは思いませんが、
「他者を蹴落としてでも達成したい」という人に対して
「私はそう思わないが、あなたの考えも尊重する」
と言える人は、ちょっとすごいなと思います。
人それぞれの考えがあることをわかっていて、
自分の答えだけが正しいわけではない、と認識し、
他の人の考えを否定せず受け止める度量がある。
そういう人こそ、「人としての器が大きい」のでしょう。
そして、そのように多様な考えを肯定できる人の元には
多様な考えの人が集まります。
多様な人が集まる組織は、いろいろな強みがあるので
柔軟性が高く、しなやかな強いチームになるでしょう。
もちろん、それらを束ねて同じ方向を向くリーダーシップは
受容だけで成り立つものではないのですが、
「あなたの考えにも一理ある」
「あなたの言うことも正しいかもしれない」
と、一人一人の考えを尊重することなしに
いろいろな考えの人をまとめることはできないと思うのです。
そういうことを踏まえると、
「それは許しがたい」と思うことについて
「一理あるかもしれない」と考えてみることが
人としての「器」を広げるトレーニングなのかもしれませんね。